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​燕温泉

燕温泉

樺太館

樺太館を営む内記健二さんとお母さま

INTERVIEW

燕温泉 樺太館

樺太館 内記健二さん

標高1150mの妙高山登山口にあり、急坂に宿が建ち並ぶ燕温泉。樺太館の四代目、内記健二さんは、お母さまとふたりで旅館を営んでいらっしゃいます。豪雪地ならではの暮らしや、山の恵みを生かした食文化などについてお話を伺いました。

健二さんは樺太館の四代目

お土産屋から始まった樺太館

 僕のひいおじいさんにあたる初代がここに入植したときは、旅館というよりお土産屋さんでした。初代が樺太への出稼ぎから帰ってきたときに、ちょうどこの場所が空いているということで入植したと聞いています。お餅を作ったり、記念はがきを作って売ったりというのが、最初の起こりでした。昭和6年、お土産屋から旅館に変わった際に、樺太での思い出を忘れないように、樺太館と名付けたと聞いています。

 この建物は、父親の代の時、昭和45年に建て替えられたものです。なので、もう50年超えています。当時は、燕温泉スキー場があって、スキーのお客さんが増えたようでした。

 燕温泉自体の歴史は古いのですが、江戸時代は関山神社(宝蔵院)の直轄領になっていて、一般の人は基本的には入れなかったんです。それが明治になって神仏分離が行われた際に、温泉の権利も神社から離れていったと言われます。

 いま、燕温泉の源泉は5本あります。5本のうちの1本を河原の湯に、そのほかの2本を黄金の湯に引いています。燕温泉街には、4本の混合泉が引かれています。基本的には硫黄泉なんですけど、一つずつ微妙に成分が違っていて、黄金の湯は少し鉄分が入っている赤いお湯だったり、微炭酸のプクプクと泡が出る微炭酸のお湯だったりします。

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入植当時のお土産屋の写真

旅館を始めたときの営業許可書

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玄関に昔の看板が飾られている

地元の伝統的な食材に、自分なりのアレンジを

味はもちろん、盛り付けにも気を配る

 僕が旅館を継ぐことにしたのが2013年です。もともと接客は嫌いでなく、調理の世界で働いていたので、特に悩んだ上ではありませんでした。

 山に近い場所にいますので、料理は、山菜やキノコなど、地元で昔から食べられていたようなものを、アレンジしてお出ししたいなと思っています。

 山菜の季節になると、暇を見ては自分でも採りに行きます。このあたりだと、いちばん有名なのは根曲がり竹やヤマウドになりますが、そのほかにもコゴミ、コシアブラ、タラの芽、フキノトウ、アケビの芽、コヨメナとかがあります。都会で食べられないようなものは面白いなと思って、ここの文化を感じてもらいながらお召し上がりいただけるよう、料理をお出ししております。

 でも、昔ながらの食材を、そのままでなく、ちょっと綺麗にお出ししたいんです。おひたしをグラスに盛り付けたり、紅葉の時期は赤や黄の色味を意識してみたりと工夫しています。

山の幸を、素材を生かした味付けで。デザートのプリンの上のソースは、カラメルでなく40年もののみりん

日本酒70種を常備。地元の酒蔵を応援したい

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地元酒蔵の限定酒も味わえる。「限定ラベルとかも集めてしまうんですよね(笑)」健二さん

 新潟県内には90近い酒蔵さんがあるんですけれども、上越と妙高のふたつの市だけでも14くらいあります。やっぱり地元の料理と合わせるには地元の酒だと思っているので、上越妙高エリアのお酒を大体60から70種類ぐらい置かせていただいております。

 日本酒は、お客さんごとにやっぱり好みがあります。自分の好みに合わせると味が偏るので、基本的には買って飲んでみて、お客さんに「これはこういう味です」というご説明をさせていただきます。いちおう利き酒師の資格は持っているんですけれども、あまり資格に縛られてはいません。自分の感じた味がお客さんのオーダーした味に近いかどうかという所を気にしながらお出しします。

 「この酒蔵のお酒はこういう味だよね」などとおっしゃる方も多いんですが、一つの酒蔵でも辛口と甘口を作っているなど、いろんなお酒を作られているんです。お酒をちょっと深堀りして、皆さんが思っているよりも酒蔵さんが頑張っていることや、お酒の楽しみが広がっていることをお伝えしたいと思っています。

妙高山のふもとにあって…

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妙高三尊像の焼き印が刻まれた「登山手形」(1000円、燕温泉の旅館などで販売)

妙高山の登山口ということもありますので、シーズンに入ると登山のお客様にも、けっこうお泊まりいただいております。妙高山・火打山の入域料を払うと記念品がもらえるんですが、それをお持ちいただくとお酒を1杯サービスしています。また、江戸時代に関山宝蔵院が発行した妙高山の登山許可証にちなんだ「登山手形」も販売しています。

妙高山だけの登山の方もいれば、火打山まで縦走という方もいます。このあたりは妙高と火打の組み合わせで捉えられているところがありますので、頸城五山トレイルで、ずっと先までつながってくれると面白いなと思います。雨飾温泉や小谷温泉など、「この山を越えれば行けますよ」って冗談でお客さんに言うことがあるんですけども、本当にその道があるとお客さんにも楽しく伝えられます。ぜひつながってほしいですし、いろんなルートを作ってもらいたいっていうのはあります。

頸城五山トレイルの始発点である燕温泉

豪雪地で育まれた生活と文化

 小さい頃から、冬は雪か雨の日しかないと思いながら生活していたので、仕事で東京のほうに出たときは「世の中って、冬はこんなに晴れているんだ」とカルチャーショックでした(笑)。

 母親とかが言うには、昔は冬が近づくと、八百屋さんや魚屋さんに腐らないようなものだけ、冬の間に使う分をまとめて、ドンと持ってきてもらったそうです。冬の間はそれを雪中貯蔵し、足りない分をスノーモービルなどで買ってくるという感じでした。

 生活がいちばん変わったのは、平成元年にトンネルができて、冬でも車がここに上がるようになったときですね。それまでは、スノーモービルや雪上車でないと下りられなかったんです。僕も小学生の頃は、スノーモービルで赤倉温泉まで行って、そこからバスに乗って、学校に通っていました。

 スノーモービルも、このあたりでは各家庭に2台くらいずつ持っていましたね。モービルと雪上車は、普通にあるもんだとばっかり思って生活していました(笑)。

学校は、午前中は普通の授業なんですけど、午後は全部スキー授業だったんですよ。毎日、赤倉のスキー場で授業、というかほぼ部活なんですけど、やっていまして、終わるとリフトが動いているうちに関見トンネルの辺りまで来て、親にスノーモービルで迎えに来てもらう、そんな感じでした。

「ただいま」とお客さんが帰ってこれる宿に

 お客様には、せっかくなので、この燕温泉なり新潟県を楽しんで、いろんなものを体験していただきたいなっていうのは思ったりします。

 ここにはインターネットのWi-Fi環境がないんです。以前、部屋でネットゲームをやり出す子どもたちがいて、なぜ都会でできることを山まで来てやっているんだって思うことがありました。山に来たんだから、とりあえず山に遊びに行ってほしいですね。虫捕りをしたり、お花を摘んできてこれなんだろうって本を開いたり。自分でいろんな遊び方を見つけられればいいかなと思っています。

100%源泉掛け流しの温泉に入れば、日常の疲れも癒される

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周囲のスポットにも足を延ばしてみよう。写真は惣滝展望台

長期滞在やワーケーションについては、妙高市ならワーキングスペースのような施設もありますので、そういうところをうまく利用してもらって、仕事場と休む場所を区別してもらえれば、テレワークもできないことはないかなと思っています。

いま、リピーターのお客様もいらっしゃったりして思うことは、旅館としては、お客さんとの距離が近い宿になりたいなということです。それこそ、「ただいま」って帰ってこられるようなお宿を目指していきたいっていうのが思いです。

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